Seminar
今日はWeinbergの発表。Sec.2-Aを主にやった。相関関数の絶対値を不変に保つような変換はUnitaryかつLinearか,AntiunitaryかつAntilinearに限られることの証明。
初めてdeutschの文献(Wignerの群論)を読んだ。ちょっと嬉しかった。英独羅の3ヶ国語があれば,大抵の理系文献は読めるんじゃないだろうか。まさかاللغة العربيةは要らないだろう。あ,数学ならFrançaisが要るか。
MySQL
実は,日記にtagを付けようと考えている。っていうか,そもそも日記をMySQLで作ろうと考えている。この日記はplain textで処理する古き良き時代の形式なのだが,最近オシゴトで作っているweb siteがRuby on Rails + MySQLとかいう超近代的systemで動いているので,ちょっと羨ましいのだ。
ただ,僕としては「Web pageはとにかく軽くあるべき」だと考えているので,Ruby on Railsは勿論のこと,PHPでの構成すら気に入らないのだ。もちろん掲示板群ならPHPとかを使えばいいのだろうが,どうしてnon interactiveなweb page (blog等)をPHPやらperlやらで生成せねばならないのだ。
第3次なんちゃら革命
確か形而上的革命とか形而上学的革命とか形而上革命とかなんか使ったこともないような単語だった気がするが,それはどうでもいい。ここでいう第3次なんちゃら革命とは,以下のような意味である。
まず,最初の時代。太古の昔,人間は『神話』を以て,つまり自然言語と想像力を以て“環境”つまり,自分を囲むもの。自分の肉体も脳も,他人も地球も宇宙も含む。を記述した。مصر地方での太陽神とかなんちゃらかんちゃらの例があるので,多分紀元前3000年頃には既に神話による記述が行われていただろう。人類は紀元前3500年頃までには文字を発明していたとかいう話だし,何の心配もない。
そしてそこで第1次なんちゃら革命やらが起こり,第2の時代。いわゆる『宗教』による記述である。具体例は,理系としては中世の天動説(宗教裁判)をすぐに思いつくが,しかしやはり最たるものは,旧約聖書「創世記」での天地創造であろう。初めに,神は天地を創造された。地は混沌であって,闇が深淵の面にあり,神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。「光あれ。」こうして,光があった。
http://www.asahi-net.or.jp/~zm4m-ootk/1sozou.htmlよりだそうである。光は神が「あれ」と言ったからあったのである。いや,真面目な話,現在の科学(物理学)は「なぜ光子があるのか」という疑問には解答を見いだせていない。それに引き替えなんと明快なことか。ちなみにこの宗教の時代は,手元の世界史の教科書によるとיְהֲדוּתの起こりが紀元前500年頃らしいので,その頃から始まったと言えよう。ここで注意しておくが,僕は「神話の時代」やら「宗教の時代」やらが「終わった」とは考えない。ある人々にとっては,我々にとって科学の位置にあるものが宗教であったり神話であったりするのだ。
で,まぁ第3の時代が来るわけだ。『科学』による“環境”の記述の時代である。またまた世界史の教科書によると科学の発達は17世紀に始まったらしい。Keplerや,あのNewtonの時代である。Einstein,湯川,……と続き,現代に至る。ちなみに科学は自然を,数学というある種の人工言語によって記述する。これが神話・宗教の時代との違いであろう。まぁ,そもそも数学自体は紀元前5世紀頃にはかなり始まっていたらしいのだが,それが自然に応用されるには時間がかかったようである。
さて,では第4の時代の萌芽,つまり第3次なんちゃら革命のきっかけを,僕はどこに見いだしたのか。
先週の土曜日の生物情報科学の講義で,工学の分野でontorogyというのが流行っているという話を聞いた。工学というか,正確には人工知能の分野と生物情報科学の分野で別々に行われている試みなのだが。Ontorogyの原義は「存在論」,つまりこの世の本質的な実体は何か,についての議論,なのだが,最近の工学的意味でのontorogyは,用語や概念を明確に定義しよう,という試みである。この試みの最大の問題は,「概念」というよくわかんないものを記述しようとしていることにある。そして,その概念を定義してcomputerに押し込めることで,computerに「概念」というものを理解させようとしているのだ。具体的には,2つの蛋白質の機能の間の「距離」,つまり機能がどれほど似ているか,みたいなことを定義させようとかいう話である。僕はここに,「Computerに考えさせる時代の幕開け」と共に,「我々が概念というものを記述できる時代の幕開け」を見た。
ただし,残念ながら「Computerに考えさせる時代」は簡単には来ないだろう。詳細は省くが,その理由としては,人間の個人個人によって世界の理解の仕方は違うからである。例えば僕の文字認識の方法は,僕の父や妹の青とすらも異なるだろうし,更に言えば数字の認識の仕方は全然違うだろう。まぁそういうことだ。
とりあえず本筋に戻って,「我々が概念というものを記述できる時代」というのが焦点だ。つまり,科学が記述する対象“環境”が「自分の肉体も宇宙も,概念も。」と広がったわけである。概念を記述できれば,魂だとか精神みたいなものも記述できるかもしれない。そうなると,更に「概念による記述」も可能になるのかもしれない。
第1の時代と第2の時代は記述を「自然言語」によった。第3の時代は「数学」によった。では次は「概念による環境」なのではないか,という気が,なんとなくであるが,しているのである。環境とは,自分の肉体,自分自身(なんか卑猥な響きを感じてしまうwww),宇宙,心,精神,さらに概念そのものまでをも含む。もちろんまだ「概念」を記述し始めたばかりである。自然言語の始まりが紀元前4000年以前,数学の始まりが紀元前500年ぐらい,となると概念による本格的な記述が始まるのは最低でもあと数百年は必要であろう。まぁ,最初期の段階は科学の言葉を借りて概念を記述するわけで,その時代はあと100年もすれば来るのかもしれない。
しかしまぁ残念ながら僕はあと100年も生きるつもりはない。死ぬ気はないけど,でも死んだら死んだで然るべきだ,と思っている。というわけで僕は第3次なんちゃら革命には立ち会えそうにない。ただまぁ,なんとなく思いついたので書いておく。工学が新しい時代を作るのかな?とか。もちろん,僕がちょこっと考えただけで思いついたことなので,これくらいのことを考えている人は世界中には沢山居るのだろう,ということは承知の上だ。
ぼく☆らの
「ぼくらの」を見ていると,もし僕が突然死んでしまったらどうしよう,ということをついつい考えてしまう。まぁどうしようもこうしようもないのだが,もっと現実的な話である。
というわけで,もし僕が突然死んでしまったら(例えば明日根津坂を下っている途中で転倒して車に轢かれて事故死したりとか……とか書くと本当になりそうでアレなのだが。)のことを簡単に書いておこうか。多分ここに書いてることは今後10年ぐらいは有効だろう。
とりあえず僕のdesktop computerは,diskの中身を見ずにそのままdiskを燃やすとか砕くとか溶かすとかしてください。本とかは適当にあげます。押し入れの中の白い箱の中には色々大事なものが入ってます。あと,このweb siteはほっとくと消えてしまうのですが,まぁそれもそれでいいかな。それか葬式の費用をこのserver&domainの維持代金にしてもいいかも。で,もうお墓とかどうでもいいから(お墓があっても遠方の人とか参らないでしょ。僕も祖父母の墓なんて1年に数回しか参らないし。),このweb siteを墓にするというのもなかなか新時代的かも知れない。あと,葬式ではあまり泣いて欲しくないなぁ,みたいな。むしろ葬式とかしなくて良いなぁ,みたいな。
……それにしても,「いつ死ぬか分からない」っていうのと「明日死ぬ」っていうのとでは,前者の方が圧倒的に楽だな。「ぼくらの」で最初に死んだ人は幸せ者だ。
Comments
さく 2007/05/07(Mon) 22:57:50
ばるさみこっスゥー
こめっスゥー
みしょ 2007/05/07(Mon) 23:38:07
ばるさみこすー(/▽\#
Laki 2007/05/08(Tue) 00:31:07
ばるさみこすー
ば る さ み こ す ー
噴水前で会った人 2007/05/10(Thu) 23:19:56
なんか直方体っぽいのが鞄に入ってた
また明日同じ時間に会うといい気がするんだぜ?
みしょ 2007/05/12(Sat) 03:31:16
ばるさみこみこすー
なまむぎなまごめばるさみこみこすー
通りすがり 2007/05/13(Sun) 18:43:48
「みこみこすー」という検索ワードでHITしたのでやってきました。
http://www.youtube.com/watch?v=FC2WDUXFAa8
みしょ 2007/05/13(Sun) 20:17:49
この動画は神だwwwwwwwwwwwwwwwwww
ばるさみこみこすー(/▽\#
みよし 2007/05/14(Mon) 01:44:42
ばるさみこす~↑